「なんだ、ふたりともまだ眠ってなかったのか」
 子供部屋から聞こえてくるひそひそ声を聞き咎めて入ってみると、
子供たちは毛布からぱっと顔を出して、同時に言った。
「ねえ、お父さん、お話してーー」
「お父さんのお父さんが話してくれたお話ー」
ティミーとポピーのせがむ声に、リュカは苦笑する。
 父から聞いた昔話が、ふたりのコドモたちもお気に入りのようだ。
あのころ、自分もこんな風に父にせがんでいたのだろうか。
「わかったわかった。話してあげるから、聞いたらちゃんと寝るんだよ?」
「うん、僕すぐに眠る!」
「私もちゃんと寝る!」
 リュカはベッドからちょこんと顔を出すふたりに毛布をかけ直し、
ティミーの隣に添い寝の体勢をとった。左肘をついて頭を支え、
右手でティミーの身体を毛布の上からぽんぽんと叩いてみる。そう、
自分の父が昔話をしてくれた時と全く同じように。
 違うのは、コドモたちを包むのが城の中の立派な部屋だということだった。
あの頃の自分は、旅から旅の宿の中で、こうやって話を聞かせてもらっていたから。
 町によって、立派な宿も粗末な宿もあったし、野宿の時もあった。
それでもとても楽しくて、毎日安心して眠れたのは、あの父のぬくもりが
あったからだと、改めて思う。
 僕の子供たちは、あの頃の自分よりもずっと暖かな部屋に眠って
いるけれど、心も暖かく居るだろうか。
 ふと、そんな不安を感じ、リュカはふたりの子供たちを見た。
 瞳を輝かせてリュカが話し出すのをまつ様子には、自分を信頼している
様子が伺える。何しろいきなりこの年の子供の親になったので心配はつき
ないのだけれど、とりあえず、自分はそれほど悪い親ではないのかもしれない。
 ふ、っと息をつくと、リュカは話し始めた。子供の頃に何度も聞かせて
もらった「犬になったお姫さまの話」を。
「むかしむかし、ずっと遠くのお城に、ひとりのお姫さまがいました。
 お姫さまのお母さんは、姫が小さいころに亡くなってしまいましたが、
 王さまに大切に育てられて、とても美しく育ちました。
 お姫さまの美しさは、魔物たちにもよく知られていました。そのせいでしょうか、
 ある日、お姫さまのお城は魔物たちに襲われ、お姫さまは魔物に
 取り囲まれてしまったのです」
「王さまはどうしたの?」
「王さまは、お姫さまを守ろうとして殺されてしまったんだよ」
「えっっ ひどいやっっ」
「お父さんのお父さんと一緒だね……。ねえ、お父さん、このお話は悲しい
 お話? 悲しいお話だったらしてくれなくてもいいよ?」
 ポピーの気づかわしげな顔に、微笑みを投げる。
「ううん、悲しいのは最初だけ」
「お父さんも私たちを守る為に死んじゃったら嫌だな」
「大丈夫だよ、僕は絶対お父さんのこともお母さんの事も守ってあげるよ!
 もう赤ちゃんじゃないんだから!」
「ありがとう。でも大丈夫、僕はここにいるじゃないか」
 右手をのばして、ティミーの頭を撫でてやる。いつか、僕も君たちの前から
去る日が来るが、でも、今は一緒にいるからね、と、思いを込めて。


 そして、話の続きを始めた。
「魔物に取り囲まれて震えている王女の前に、魔法使いの杖を持った悪魔神官が
 やってきました。悪魔神官はとても強い呪文を使うことができます。彼は
 王女にこう言いました。
『さあ、王女。命が惜しかったら私たちの手伝いをすると誓いなさい。
 美しいあなたが我らの手に下れば、人々があなたのもとへ集い、大神官ハーゴン様も
 お喜びになられることでしょう』
 つまり、自分たちの仲間になって、更に他の人を仲間にする手伝いをしなさいって
 言ったんだね」
 悪魔神官のふりをしてちょっと声を落として話す話し方も、父がしてくれたとおりだ。
「大神官ハーゴンって、ゲマみたいなやつだったのかな」
「そうかもしれないね…」
「もう大丈夫だよ、お父さん。ゲマはもういないから」
「皆で倒しちゃったもんねっっ」
ニコニコと話すふたりの頭を順に撫でてやり、リュカは話を続けた。
「お姫さまはとっても怖かったのですが、それでも言ってやりました。
 『あなたたちの仲間になんてならないわ!』すると、悪魔神官は怒って
 王女を犬に変え、ある町に追放してしまいました」
「犬になっちゃったなんて、王女さま可哀相」
「可哀相だけど、きっと強い王子がきて助けてくれるから大丈夫だよ!
 ねえお父さん」
「どうしてわかるんだいティミー?」
「だって、王子は、困ってる人を助ける役って決まってるもん!」
「あら、王女だって、困ってる人を助けるわよ」
「こらこら、喧嘩はしないで。そうだね、ふたりはお父さんの事もお母さんの
 事も助けてくれたよな。良い子を持ってお父さんたちは幸せだよ」
 うふふという微笑みを浮かべたふたりを眺めながら、改めて、サンチョが
良い子に育ててきてくれた事に感謝する。僕が育てたとしても、こんな子供
たちに育ったかどうか……。
「ねえ、お父さん、お姫さまはどうなったの?」
「助けてもらえたの?」
「お姫さまはね、町の人にとても優しくしてもらいながら、助けてもらえる日を
 待ったんだよ。町の人たちは、お姫さまが犬の言葉しか話せなかったので、
 まさかお姫さまが犬になっているなんて思わなかったからね」
「お父さんがその町にいたら良かったのにね! きっとお父さんはお姫さまの
 言葉がわかったんじゃないかなあ」
「さあ、それはどうだろうね。でも、町の人が優しくしてくれたので、お姫さまは
 ちっとも寂しくなかったし、それに怖くもなかったんだよ」
「僕もサンチョおじさんが一緒にいてくれたから、ちょっとしか寂しくなかったよ!」
 リュカはたまらなくなって、ティミーの小さな身体を抱きしめた。
「ああー、お父さんずるいー。私もぎゅうってして欲しい!」
 ポピーの身体も引き寄せて、ふたりまとめて抱きしめる。腕の中の小さな勇者たちは、
とても嬉しそうにモゾモゾと身体を動かした。
「えへへ、お父さんの胸はおっきいね」
「私たちがふたり入っても大丈夫だもんね」
「お母さんも入れるかな?」
「お母さんは無理だよ、きっと」
「そうかー、可哀相だね、お母さんは」
 お母さんはお母さんでこの場所に入ってくるから大丈夫だよ、と思いつつ、
リュカは話を続けることにした。


「ある日、お姫さまの町に、ふたりの若者がやってきました。お姫さまは、ふたりが
 自分と同じ勇者の子孫であることに気付いて話しかけましたが、わかってもらえません」
「勇者の子孫って、男の子だったの? 女の子だったの?」
「ふたりとも男の子だったよ。さっきティミーが言ったとおり、王子だったんだけどね」
「ほうらー、やっぱり当たった!」
「こらこら、ティミー、ここで大きな声を出さないで」
「ティミーが暴れるから苦しい〜」
 ポピーの声に、リュカは腕を解き、ふたりをもう一度毛布の中へ潜り込ませ、
今度はポピーの隣に寄り添った。
「それで、ふたりはどうしたの? 王女さまだってわかってくれたの?」
「うん。ふたりはね、まず王女のお城に行ったんだよ。お城には王様の魂が待って
 いてね、いろいろ教えてくれたんだ。王女は犬にされてしまったけれど、ラーの鏡を
 使えば元に戻れるはずだから、まずはラーの鏡を使って欲しいって」
「すぐに見つかったの?」
「ちょっと大変だったけれど、勇敢で賢い王子たちは鏡を見つけて、すぐに町に
 戻ったんだよ。そして、王女を犬から人間に戻してあげたんだ」
「良かったねえ、王女さま」
「良かったねえ。ずぅっと犬のままだったら可哀相だよね」
「うん。ねえ、お父さん、それからどうなったの?」
「それから? それからお姫さまは王子たちと揃って長くて辛い旅へ出たんだ」
「大変だったの?」
「そうだよ。歩いて砂漠を渡ったり、船で街を巡ったり。途中で王子のひとりが
 呪いをかけられたりしてね。そして、マグマの吹き出る洞窟や、氷に閉ざされた
 迷路で何度も迷子になって、氷の中にある魔物たちのお城にやっと着いたんだ」
「氷のお城は寒いのに、どうしてそんなところにいたのかな」
「きっとさあ、寒いところにわざわざ住むような人はあんまりいないから、隠れて
 悪いことをするのには良かったんだよ」
「悪いやつって頭いいんだね」
「でも悪い事するのは頭悪いと思うよ。だっていいことじゃないんだもん」
「でもさー、頭が良くても悪くても、悪い事をしてはいけないんだよ。
 だって悪い事だもん」
「そうだね、悪いことはしちゃいけないね。ふたりとも良い子だ」
 リュカの大きな掌がティミーとポピーの頭を順に撫でる。ふたりはにこにこして、
話の続きをうながした。
「お姫さまは、氷のお城にいた悪いやつを倒してふたりの王子と一緒に戻ったんだよ。
 自分のお城は焼け落ちてしまったけど、素敵な人と結婚して、幸せに暮らした
 うだよ。だから、やっぱり悪い事をしなかったから、幸せになったんだろうね」
「よかったねー」
「さあ、ティミーもポピーも、もう寝なさい?」
「おやすみなさいー」
「おやすみなさいー」


 リュカは子供部屋の扉を閉めながら、思った。僕にこの話をしてくれた父さんは、
どんな気持ちでいたのだろう、と。
 今の僕は、今が苦しくても、それを越えた先に幸せがあると信じて進んで行ける、
と思っている。だから、子供たちにこの話をしても、ただのお伽話とは思わない。
 でも、父さんはどうだったんだろう。
 母さんを奪われ僕とふたりきりでの旅は、先行きもわからず、どこへ行けば良いのか
道しるべを見失ったときもあったはずだ。そう、この話の王女が、洞窟や砂漠で迷子になって
困ってしまったように。
 もしかしたら、父さんにとって、お姫さまの苦難は自分のことに重なっていたの
かもしれないな。だからこの話を何度もしてくれたのかもしれない。
 そんな事を考えているうちに、いつの間にか自分たちの寝室へ戻って来ていた。
「リュカ、子供たちは寝たの?」
「うん、寝かせて来たよ。父さんにしてもらったお伽話をしてね」
「あら、どんなお話?」
「犬になったお姫さまのお話さ」
「それじゃあ子供たちは大喜びだったでしょう?  私にも話してくださいな?」
 穏やかに笑う妻を見ながら、あのお姫さまは、こんな幸せに辿り着けたのだろうかと
少し心配になる。
 親が亡くとも、苦難があっても、幸せな家庭を作る事はできる。
 願わくば、遠き国の王女にも、幸せが訪れましたように。

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