塔の頂上にいたのは、奇妙な姿をした老人だった。ゆったりとしたローブには
邪教の呪文が縫い取られている。皺の目立つ手に握られているのは、魔力の強い
者にしか扱えそうにない杖。そして、両耳には、竜のうろこのようなものが嵌って
いた。あの耳は、一体どうなっているのだろうか。
 しかし、老人とはいえ、大神官を務めるだけのことはあって、私たちがしかける
様々な魔法にも、ローレの鍛えた剣技も、あまり効き目があるようには見えなかった。
 でも、負けるわけにはいかない。お父様や城の皆の仇を取らせてもらわなくては。
「さすがは大神官ハーゴンって事だな」
 ローレが、会心の一撃を喰らわせても立っている姿に、悔しそうな声をだした。
だけど、彼はそこで怯まない。怯んだら終わりだと知っているから。
「そうね、もう一度いくわ………イオナズーン!」
 私から走る爆撃波がハーゴンに当たった……ように見えたけれど。寸前に避けられて
しまったらしい。ハーゴンが笑う。嫌な笑い声をたてて、笑う。
「ふはっはっっ。この程度のイオナズンしか唱えられぬとは。しかし小娘にしては
上出来かもしれんがな」
「何をっ」
 サマルの剣がハーゴンのマントを切り裂く。そして、確実にハーゴンにダメージを
与えた……はずなのに。全く動じる事もなく、ハーゴンはサマルに掌を向けた。
「ふんぬっっっ はっっっ」
 ハーゴンの掌圧がサマルを吹き飛ばす。一瞬ひるんだ彼のみぞおちに向かって、
ハーゴンは杖の先を振り下ろした。
「「サマル!」」
ローレと私の声が重なる。サマルがローレよりも打たれ弱いって事に気付かれて
しまったみたい。
「連続で攻撃してくるなんて卑怯じゃないっっ」
私の口から飛び出した言葉に、ハーゴンは口元を歪めて笑った。
「ひとりに三人がかりってのは正当だとでもいうのかね」
「うっっ」
「ムーン、こいつの戯れ言につきあってないで! イオナズンだっ」
肩で息をしながらのサマルの言葉に、走り寄ろうとしていた足が止まる。
「その前にベホ」
「イオナズンだっ!」
私の言葉をさえぎりながら、笑ってみせる。全くもう、強がりな王子様よねっ。
わかったわよ、お望み通りイオナズンを使うわよ。今度は外させないわっ。
 杖を持っていない方の手に魔法力を集中させて、発動させる瞬間に杖先の一点から
魔法力を解放するように……魔法の扱い方を教えてくれた先生の魔法の基礎についての
助言を思い出しながら、私は、自分の周りの空気が微妙に熱くなってきた事を感じていた。
さっきは外したから、今度は慎重に、基本に忠実に使おう。
 いい感じだわ。空気中の熱を集めて一気に放出できそう。とっととこんな奴を倒して、
サマルの回復をしなくちゃ!
「イオナズーン!」
「その呪文は私には効か………ぬぅっ」
杖先から飛び出した爆発を伴った衝撃波がハーゴンの身体に突き刺さってゆくのがわかる。
「くらえっっ、ベギラマっっ!」
 自分の回復を後回しにしたサマルの魔法がハーゴンに追い討ちをかけて、さらにローレの
会心の一撃が炸裂した。さすがのハーゴンにもこれは効いたみたいね。
「こ……これほどまでにお前たちが成長していたとは……」
 ハーゴンは口元から血を流しながら、言葉を続けた。
「しかし、強き者の魂ほど、シドー様へのいけにえとしてふさわしいものはない。さあ、
お前たちもシドー様にひれ伏すときが来たようじゃ。ひと足先に行く。待っているぞ……」
 わけのわからない事を口早に言い募ったハーゴンは、両手を天へ向けて伸ばし、今度は
ろうろうと言ってのけた。
「破壊の神、シドーよ。今こそ復活の時。新たないけにえとして、この命を捧げます。
 お受け取りあれ!」
 言葉を言い終わるなり、短剣で…自分の喉をえぐった?
「ちょっ、なにっ」
「ぐふっ」
 断末魔の声と、血の匂いを残して、ハーゴンの身体は消えた。
「……どういうこと?」
「自分の命をいけにえにしたってことらしいな」
冷静なローレの声。いけにえに? そこまでして神を信じる心が、何故悪に向かってしまったんだろう。
「ぐっ」
 うめく声に振り向くと、サマルが胸を抑えて血を吐いていた。
「サマル! 今ベホマかけてあげるね!」
 癒しの神に祈りを捧げながら、回復の呪文を唱える。祈りを捧げながら唱えるという
ふたつの事が同時にできないと唱えられない高度な呪文も、今の私には使えるようになった。
 癒しの光がサマルの身体を取り巻いて、やがて吸収されていく。
「ありがとう、ムーン。楽になったよ」
 笑う顔に血の気が戻ってきたようで、ほっとした。
「さて、体力回復したら、行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「さあ……でもどこかに破壊の神が復活してるかもしれないからな。それを探さないと」
 ローレの言葉にため息が出た。ここまで来るのに世界中を巡ったのに、更にまた冒険の旅が
待っているのね。仕方がないけれど。
「そうね。じゃあ、体力も魔法力も回復しましょ。いのりの指輪があったわよね」
 ローレと自分にベホマをかけて、使ってしまった魔法力をいのりの指輪で回復させる。指輪は
持っていた魔法力を全て私に与えてしまったらしく、粉々になって壊れてしまった。
「サマルの魔法力は大丈夫?」
「ああ、平気だ。じゃあ行こうか」
 私たちがハーゴンの居た玉座に背を向けて来た道を引き返そうとした時。
 ゴォゥンッ。
 目の前に突然炎が燃え上がった。
「なんだ、一体」
 炎を避けて進もうとしたローレの前に、炎の壁が出来る。違う方向へ進もうとしたサマルの前にも。
私たちは、炎の壁に取り囲まれてしまっていた。
「どういうこと?  きゃああっ」
塔全体に揺れが走り、床に大きな穴がいくつもあいて行く。私たちをこの階から逃がさないためか、
大きな穴は炎の壁の更に外側から私たちを取り巻いた。
「嫌な展開だな」
 ローレがつぶやいた瞬間に、私は背後に巨大な力が登場した事を感じた。
「これ……これって」
 振り向きたくない。見ないで済むなら、見ずにいたい。
 だけど、そんなことができるわけはなかった。私は深呼吸をして、戦いの姿勢で振り向いた。
そこには、巨大な龍のような、でも、以前に出逢った竜王よりももっとずっと禍々しい気に溢れた
魔物がいた。
「これが破壊神シドーってことかな」
「探す手間が省けて良かったね」
「そ、そうね。そう考えた方が前向きねっ」
 私たちは、シドーに向かってありったけの力をぶつけていった……………。
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